謎の呪文

「ちょっといいかしら?」
 黒沢みなもは、練習を終えて帰ろうとしている神楽を呼び止めた。他の部員は既に帰宅しており、学校に残っていたのは、自主的に居残り練習をしていた神楽と顧問のみなもだけであった。
「あ…はい」
 呼び止められた神楽が振り向く。神楽がこちらを向いたのを確認すると、みなもは人差し指と中指を伸ばした右手を自らの胸の前にかざし、目を閉じて、呪文のような語句を唱え始める。普段のみなもからは想像できない、澄んだ声であった。

「ノワール……其は(いにしえ)よりの運命(さだめ)の名……死を司る二人の処女(おとめ)……黒き御魂(みたま)は迷い()を、業火の淵へと誘い給う……」
 神楽には何のことかさっぱり判らないが、ツッコミを入れる前に身体は別の反応をする。みなもと同様に目を閉じ、右手をかざす。
「其は……古よりの運命の名……死を司る二人の処女……」
 いつの間にか神楽も唱え始める
『黒き御手(おんて)嬰児(みどりご)の、安らかなるを守り給う』
 そして、遥か昔から覚えていたかのように、二人で唱和する。

「にゃも、神楽…アンタ達…」
 横合いから声をかけたのは、神楽の担任でみなもの同僚である谷崎ゆかりである。彼女はみなものことを「にゃも」と呼ぶ。
「あ……私……私は……」
 神楽は、自分がしたことが信じられないといったふうに教師達を見つめる。
「ゆ、ゆかり!?これはね…あの……私じゃない誰か…じゃなくて…」
 みなもは、顔を真っ赤にしてゆかりに言い訳を始める。そんな二人を面白そうに眺めていたゆかりは…
「まぁいいや。今夜はにゃもの家に泊まるから、にゃもにどんな電波が来たかゆ〜っくり訊いてあげる」
「私は電波じゃない〜…って、泊まるんかい!」
「神楽もこんな電波女と付き合ってないで、早く帰んなさいよ〜」
「え……あ……はい…」
「だから電波じゃないって!」
「全身くまなく訊いてあげるから覚悟しなさいよ〜。白状するまで何回でも…」
「きゃあ〜〜〜〜っ!!神楽に聞こえるじゃない〜〜〜〜っ!!」
 教師たちが言い争いながら家路につくさまを、一人取り残された神楽は呆然と見送るしかなかった。
「…………………………………………私も帰ろ……」


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