おかあさんのおよめさん

 この日も、わたしは泣いていた。 わたしの制服の袖は、涙で濡れていた。
 泣きながら、母が迎えに来るのを待っていた。
 幼稚園で「自分の将来の夢」を発表しただけで、周囲の園児に笑われた。 自分の夢は、他人に笑われるようなものだったのか。
 ようやく泣き止めそうになった頃、聴きなれた声がわたしを呼んだ。 一番聞きたかった声だ。
 わたしは、声のほうに駆け寄った。 再び涙が溢れ、母の笑顔が霞んだ。 母の身体に手を廻し、しがみついた瞬間、
 ……目が覚めた。

*

 菜々絵は、目が覚めるとまず自分の身体を見渡した。 そして、自分が幼児になっておらず、先ほどの光景が自分の見た夢だということを確認した。 もっとも、高校生にしては小柄なのは相変わらずであったが。 日曜にしては早い起床だったが、もう一度寝なおす気にもなれなかったので、普段着に着替えて台所に行き、朝食を作り始める。 料理しながら、幼稚園時代の夢の続きを思い出して、当時母に抱かれたときのようないい気分に浸る。
「おはよ菜々絵、日曜なのに早いわね」
 当の杜江が、居間のほうから声を掛けてきた。
「あ、おはよ、お母……さん……」
 杜江の姿を目にした途端、浸っていたいい気分が急速に萎えてくる。 男物のワイシャツ一枚で出てくるのはいつもの事である。 しかし、ボタンをまったく留めていないために、彼女の胸の谷間から股の下まで丸見えであった。 当然、下着などつけていない。 恥ずかしくて菜々絵の顔は真っ赤である。
「お母さん、せめてパンツを穿くか、ボタンを留めてよぉ」
 菜々絵のツッコミにも徒労感が漂う。

「あら、菜々絵、泣いてた?」
 菜々絵が朝食を作り終わる頃、服を着て戻ってきた杜江が、菜々絵の顔を見て指摘する。 どうやら涙の跡が残っていたらしい。 今朝の夢の内容を杜江に説明する。
「幼稚園で泣いて…って、あなたその頃はいつも泣いていなかったっけ? 今もよく泣くけど」
「ほっといてよっ」
 菜々絵は昔から泣き虫である。

*

「菜々絵ったら、あの時のこと覚えていてくれたのね」
 朝食を終えた後、杜江がしみじみと呟いた。
「将来の夢が『お母さんのお嫁さん』なんて、可愛かったわぁ……」
 そういわれて、菜々絵の顔に朱がさす。 現在でも、なりたいと思うことがあるが、素直に言ってしまうのは何故か悔しい。
「む、娘にストリップショーを披露するのをやめたら、考えても良いかな」
「え〜? 気持ち良いのに〜……学校でも女の子に好評なのよ、私のヌード」
「お母さん……」
 開けっぴろげすぎる母親に、菜々絵自身がため息をつく羽目になった。 杜江が裸を見せた女性の数など、数える気にもなれない。 しかし、菜々絵自身も、クラスメイトの少女たちと身体を触りあうのを思い出し、自分も杜江の娘だとしみじみ思う。

 そんな菜々絵を、杜江が抱きしめる。
「ねぇ、こう抱き合ったところで夢から醒めたみたいだけど、その後のこと覚えてる?」
 杜江が強引に話を変えてきたが、母の腕の中は気持ち良いので、菜々絵は話に乗ることにした。
「覚えているわ……わたしが将来の夢の話をしたら、お母さんが『嬉しいわ』って……」
 菜々絵がそこまで言ったところで、杜江は、当時と同様に菜々絵を抱きしめる腕に力を込める。 菜々絵は嬉しそうに目を細め、次の展開を期待するように杜江を見つめる。
「そのあとは……物陰でキスしたよね。 舌を入れたの、あのときが初めてだったね」
「こんな風にね……菜々絵、ちゃんと覚えていたのね」
「うん、わたしには記念日だから」

 菜々絵と杜江の唇が合うと、当時のように杜江は舌を菜々絵の口内に侵入させる。 菜々絵の頭は、たちまち快感で一杯になる。 菜々絵の全身から力が抜け、杜江にもたれかかると、杜江が耳元で囁く。
「いつか、ウェディングドレス姿のあなたとキスしたいわね」
「お母さんったら……あら?」
 もう母親の嫁になると無邪気に信じられる年齢(とし)ではないが、それでも夢見心地であたりに視線を泳がせる。 食卓を向いた菜々絵は、朝食の後片付けをしていないことに気がついた。 しかし、現在の彼女は、キスのために足腰が立たなくなっている。
「あらら、じゃあ片付けは私がやるわね」
 代わりに立ち上がった杜江が、食器を重ねて台所に向かう。 途中で、ふと何かに気がついたように振り向く。
「そうだ、せっかくの日曜で盛り上がっちゃったし、今日はデートしようか」
「うん!」
 菜々絵の寝起きは悪かったが、これからは良い一日になりそうである。


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