メイドさんに囲まれて(前編)

プロローグ

 冬も終わりに近づいたある日、古瀬澄子(ふるせすみこ)は、中学三年を目前にして、唯一の家族であった母を亡くした。 澄子の母・淑子(としこ)は病弱のうえ、万事に要領の悪いところがあったため、経済的には苦しかったが、二人で慎ましく暮らしていた。 澄子自身、経済状況と淑子による教育のために、友人たちに「隅っこ」と綽名されるくらい、慎ましく育った。 身長や胸まで慎ましいのはさすがに不満であったが、それらも、例えば小柄さで注目されるようなこともなく、クラス内に埋没するていどの差でしかなかった。
 それが、母の臨終の床に現れた一人の女性のために、澄子の生活は一変することになった。
 現れた女性は古瀬瞳(ふるせひとみ)といい、澄子も何度か会った事はあった。 それまで単に母親の友人だと思っていたが、そのとき彼女は澄子の伯母――淑子の兄の未亡人――だと明かした。 夫の性癖のために、瞳の結婚生活は破綻状態であったが、その代わりに、淑子(後に兄の性癖のために古瀬家を逃げ出し、一人で澄子を育てることになるが)や多数居たメイドのうち一部と仲がよく、ベッドを共にすることも、彼女たちのほうがはるかに多かった。
 近年、夫が亡くなったのを機に、別荘を相続して男子禁制の自宅とし、そこで、一人娘や、瞳と一緒に居ることを望んだメイドたちと暮らしながら、いくつかの企業を経営しているそうである。 また、澄子の祖父は健在で、東京でさらに多くの企業を率いている。 彼らが経営している企業のうちいくつかは、澄子も名前を聞いたことがあった。
 あの母親がそのような企業グループの令嬢として生まれていたことも、澄子がこれからそのお嬢様暮らしを始めることも、澄子の想像力の遥か外のことであった。

 瞳が連れて来たメイドたちと、近所の人たちの協力により、母の葬儀は滞りなく終わった。 中でも、一番若い新川琴音(しんかわことね)は、親身になって澄子の世話をしたので、澄子にはまるで姉が出来たようで、母親を亡くしたショックを和らげることが出来た。
 葬儀やら手続きやらが一通り終わった後、澄子は瞳に引き取られることとなった。 澄子の住んでいた町から、瞳の住む都市までは特急列車を使い、駅から自宅までは、別の使用人が車で出迎える予定である。
「わたし、汽車に乗るの、生まれて初めてなんです」
 澄子は小さな子供のようにはしゃいでいる。 澄子の場合は経済的な理由で旅行が出来なかったせいもあるが、澄子の級友たちも、家族での旅行は大抵自動車とのことである。

道中でドキドキ

 ともあれ、乗り込んだ列車が発車する。 流れる景色や、横の道路を走る自動車を追い越す様を見た澄子のはしゃぎようが一段落すると、それまで多忙であまり話せなかったお互いのことを話し、道中の会話は途絶えることはなかった。

 行程も半ばに達しようかという頃、ふと通路の反対側に目を向けた澄子は、たちまち顔を赤くする。 その席に座っていた若い女性二人組が、お互いの服の中に手を入れて、まさぐり合っていたのだ。 二人が澄子たちの視線に気付くと、通常は隠すべき場所をわざわざ見せ始める。 セーターをたくし上げ、下着をまったく着けずに嬉しそうに自らの身体を見せるグラマーな女性が「真里」、スーツとブラウスをはだけて、覆う部分が少なすぎて機能を果たしていなさそうなブラジャーを覗かせている長身の女性が「深雪」というらしい。
「はう〜、特急ってすごいです〜。 車内であんなコトする人が居るんですね〜」
「ああ…アレはレアケースですっ! 18歳未満禁止ですっ!」
 澄子の隣に座っていた琴音が、澄子を抱き寄せるようにして、二人の姿を見せまいとする。澄子と違った豊かな胸の感触に、さらに澄子の顔が赤くなる。 ちなみに、琴音もまだ17歳だという。
「あら、いいじゃないの。 コレも社会勉強と思えば」
「どんな勉強ですかっ!」
 瞳にからかわれて、琴音が気色ばむ。 元々生真面目なので、瞳や同僚にからかわれることが多い。 他のメイドたちは、件の女性たちの姿を嬉しげに眺めたり、他の乗客に気付かれないように撮影したりしていた。 瞳にいたっては、二人をメイドにスカウトしようとしている。 そのうち、澄子や琴音も好奇心に負けて、チラチラと二人の方を観てしまう。 そして、女性同士が絡み合うその美しさに、見とれることも一度や二度ではなかった。

 終点の大きな駅で列車を降りた澄子達は、出迎えたメイドに連れられて、自宅に行く車に分乗した。 車内では、当然のように列車での二人の話題になる。
「女の人同士であんなコトするの、初めて見た……」
「あら、ウチならいくらでも観られるわよ〜、私もしたくなったし、参加してみる?」
 屋敷内では、瞳とメイドだけでなく、メイド同士の恋愛関係も多い。
「奥様、未成年をなんてコトに誘うんですかっ!」
「相変わらず、琴音はカタいわね〜」
 そんなやり取りをしている間に、車が自宅に到着する。 現れた洋館は、澄子の住んでいたアパートより明らかに大きかった。 瞳によると、東京の本宅はこの屋敷とも比較にならないくらい大きいそうで、澄子は言葉も出なかった。

お屋敷にドキドキ

 玄関先で車を降りると、両脇にメイドたちがずらりと並び、「おかえりなさいませ、奥様」と唱和する。 澄子は再び圧倒されるが、琴音に肩を抱かれ、励まされるように歩き出す。 瞳は慣れたもので、気にする風もなくすたすた歩いている。
 メイドたちの奥には、澄子が見たこともない高価そうなドレスを普段着のように着た、凛とした雰囲気の若い女性が立っていた。 彼女の「おかえりなさいませ、お母さま」という挨拶を受けて、瞳がお互いを紹介する。
「澄子ちゃん、こちらが私の娘の菖蒲(あやめ)よ……菖蒲、この娘が澄子ちゃん」
 菖蒲は18歳で、この春から大学に通うという。 澄子の顔を一瞥した瞬間、菖蒲の顔に朱がさしたのを、澄子と菖蒲自身を除く全員が見逃さなかった。
「話はお母さまから伺っておりますわ。 我が家へようこそ……早速で悪いけど、当家に来ていただいたからには、貴女にも立派な令嬢(レディ)になっていただきますわね。 そうね、まずは、わたくしのコトを『お姉さま』とお呼びなさいな」
 口調こそ強気だが、顔は真っ赤で、なにより話の前後に脈略がない。 瞳とメイドたちがどうツッコミを入れようか考えているうちに、澄子が返答する。
「はい、これからよろしくお願いします、菖蒲お姉さま
 最後の1語を聞くや否や、菖蒲の鼻から紅い滝が流れ、ドレスを赤黒く染めてゆく。 倒れこみそうになった彼女をメイドたちが数人掛かりで支え、住み込みの医療担当メイドの元へ運んでいく。 鼻にティッシュを詰め込まれ、鼻血で真っ赤になった菖蒲の姿は、どう贔屓目に見てもレディにふさわしい姿ではなかった。 瞳は娘の自爆に呆れながらも、「菖蒲ったら、澄子ちゃんの写真を一目見るなり『可愛いーっ!』って、逢うのを楽しみにしていたものね」とフォローを入れ、澄子のことを琴音に託して、夕食まで休むと言って自室に戻った。 といっても、メイドを二人ほど連れて行ったので、「休憩」の意味が違うかもしれないが。

 ひとまず、澄子がこれから住む部屋に行き、そこで一息つくことにした。 琴音に案内されて部屋の扉を開けると、そこは居間であった。 以前の居間より広い空間に、ソファと低いテーブルが置かれている。 6畳間にちゃぶ台だった以前の家よりは、格段に住みやすそうな空間である。
「すみません、わたしの部屋はどちらですか? ドアがいくつかありますけど」
「いえ、ですから、ココが澄子さまの部屋でございます」
「えっ? でも、こんな長いソファがあるし……」
「そのソファは、澄子さまご自身が寛がれるときや、お客様をお呼びになったときにお使いくださいませ。 ほら、あちらに勉強机も用意してございます」
 指摘されてみると、澄子のために用意されたと思しき勉強机がある替わりに、居間なら通常あるべき調度の類が見当たらない。
 そして、別の部屋に繋がるドアが二つある。 琴音がそれぞれを案内する。 片方はがらんとしていて、洋服を掛けるためとおもしき竿が何本も備え付けられていて、多数のハンガーがぶら下がっている。
「こちらが衣裳部屋でございます。 お出掛け時用のご衣裳は、こちらに置かれますよう」
「はうぅ〜、お洋服のために一部屋あるんですか〜、なんか広々として勿体無いです〜」
 衣装だけで一部屋用意するという予想外の待遇に、改めてこの家の経済力を実感する。
「これから買えばよろしゅうございますわ。 澄子さまは可愛らしゅうございますから、すぐにステキな服でいっぱいになりますわ」
 琴音に抱きしめられながら囁かれると、ついそんなものかと納得しそうになる。 もう一つの部屋には、澄子が3人くらい並んで寝られそうなベッドが備え付けられていた。 そして、3つの部屋は全てドアで繋がっている。
「こちらが寝室でございます」
「すごい……コレがベッド? 2〜3人くらい一緒に寝られそう」
「奥さまや菖蒲お嬢さまは、いつも2〜3人くらい御一緒されてますが」
 天蓋こそないものの、いつも煎餅布団で寝ていた澄子には、漫画の世界の王侯貴族のようなベッドである。
「こんなところでこれから暮らすなんて、夢みたい……」
 澄子の居室に戻って、琴音の淹れた紅茶で一息つきながら、澄子はひとりごちた。

メイドさん達にドキドキ

 夕食まで間があるので、琴音の案内で屋敷内を廻ることにした。 探検するような気分で、澄子はわくわくしている。

 まず案内されたのは、医務室であった。 此処に勤務しているメイドは、医師か看護師のいずれかの資格を持っている。 メイド服も、白いタイトスカートのワンピースを使用している。 そのような服が「メイド服」と呼べればの話だが。
 主治医だという中年の女医は、淑子を診察したこともあるという。 心なしか朱みの射した顔色に、ボタンを外した胸元から見える谷間は、年齢を感じさせない張りで、大人の色気を感じさせる。
「貴女が淑子お嬢さまの……具合が悪くなったら、いつでも私に相談してくださいね」
 そういって、手についていた粘度の高い液体を自らの舌でなめとった後、残りを洗面台で洗い流す。 彼女が最も得意とする治療は、「えっちな気分になった女性を、指と舌で治療すること」だという。
「はい、よろしくお願いいたします」
「あ、菖蒲お嬢さまが中にいらっしゃいますので、挨拶してあげてください」
 奥のほうにはベッドがいくつかあり、そのうちの一つに菖蒲が横たわっていた。 しどけなく寝乱れた寝間着から覗く上気した肌や、とろんと潤んだ目が、玄関に居たときとはうって変わって、なんともいえない艶めかしさを醸し出している。 澄子と琴音に気付くと、菖蒲は上体を起こして寝間着の袷を直し、女医の指についていたのと同種の液体で濡れていた腿の内側を、看護メイドに拭かせる。 女医が菖蒲にどんな「治療」をしたのかは余りにも明白で、澄子も琴音も赤面する。
「こんな格好で失礼。 さっきは心配させてしまってごめんなさいね」
「いえ、もう回復されたようで、なによりです」
 菖蒲の脳内では、きつい物言いと優しげな抱擁で緩急をつけて、澄子の心を「お姉さまラブ」にした後でベッドに連れ込むつもりだったのだが、完全に予定が狂ってしまった。
「今日はこんなだけど、これから令嬢として必要なコトをみっちり仕込んであげますからね」
「はいっ、よろしくお願いいたします、お姉さま」
「菖蒲お嬢さまっ、また鼻血がっ」
 先刻のように噴き出したりはしなかったが、再び菖蒲の鼻から血が漏れ出す。 内腿を拭いていた看護メイドが、止血しようとする。
「ちょっと貴女、その布は私の……」
「そんなコトおっしゃっている場合ではありませんっ」
「あらお嬢さま、またですか? 治療はお任せくださいませ」
「先生っ、これ以上は身体が保ちませんっ」
 医務室が大騒ぎになったので、逃げるように出て行く琴音と澄子。
「澄子さま、しばらく菖蒲お嬢さまにはお近づきにはならないほうがよろしいかと」
「うん……あんなに鼻血を出して、大丈夫かなぁ」
 この期に及んで、澄子は間近に迫っていた貞操の危機に気付いていなかったらしい。 一方、琴音は、澄子と菖蒲を二人きりにしないことを、心中で誓っていた。

 次に訪れたのは、晩餐の準備で忙しい厨房である。 見てみると、専門職の料理担当メイドが何人も、澄子が見たこともない食材と格闘している。
「皆様の邪魔になるといけませんから、もう行きましょうか」
「はい」
 しかし、料理人の一人がこちらに気付いて、話しかけてくる。
「奥様の姪御様でございますか。 ただいま腕によりをかけて料理しておりますのでお楽しみに」
「はい、楽しみにしております」
「ちょっとムラムラするかも知れませんが、そういう時は琴音にでも相談してくださいね」
「むらむら……?」
 澄子は調理担当メイドの発言が理解できていないようだ。
「ど、どんな料理を出すおつもりですかっ」
「じょ、冗談よぉ……琴音も相変わらずカタいんだから」

 廊下を歩きながら案内を受けていると、時々メイドとすれ違う。 彼女達をよく見ると、服装が人によって違いがあることに、澄子は気がついた。 琴音に訊ねると、こんな答えが返ってきた。
「来客との接待用の服は、デザインは統一されてますし、部署によっておおまかな規則はございますが、その範囲で自分好みにアレンジする方が多うございますわ」
 琴音のメイド服はかなりクラシックなデザインで、慎ましげなものである。 しかし、先刻廊下ですれ違ったメイドは、タイトなミニスカートで、しかも脚を伸ばして前屈みで作業していたので、下着が見えていた。 別のメイドは、上に白いブラウスを着ていたが、エプロンが胸を強調するデザインで、しかもブラジャーをつけていないのが服の上からでも判った。
「アレンジって……なんかえっちな方向が多いような気がします〜」
「き、気のせいではございませんわ」
 二人とも顔を赤くしながら歩いていると、ある扉の前に突き当たる。 その扉から、胸を大きく開いた服装のメイドが顔を出す。
「あら、琴音と……本日いらっしゃった澄子お嬢さまですね。 こちらにお入りですか?」
「入りませんっ!」
「あの〜、この扉はなんなのでしょう?」
 澄子が二人のやり取りを訝しんでいると、メイド二人がそれぞれの立場で解説する。
「18歳未満入場禁止の背徳の部屋、露出狂の天国ですわっ。 内部の皆様の行為は、先刻の列車でのお二人を思い出していただければよろしいかと」
「あら琴音、18歳未満禁止だなんで、奥様はおっしゃられていないじゃない……お嬢様、めくるめく悦楽の空間へようこそ。 こちらでは、人目を気にすることなく気持ちよくなったり、女性の最も美しい姿を愛でたりできます」
「ちゅ、中学生を何に誘ってるんですかっ!」
「あら、わたしは中学からココに……」
「きゃーっ、きゃーっ!! 澄子さま、一刻も早くココを離れましょう!」
内部を見ることは叶わなかったが、メイド二人の会話から、自分たちのえっちな姿を他人に見せたいような人のための場所だということは推測できた。 どうやら、内部には中庭もあって、かなり開放的な空間らしい。

 この屋敷には、専用のスポーツジム・エステ・プールといった施設が存在する。 主に瞳や菖蒲のための施設であるが、非番のメイドたちも自由に利用している。
「もちろん、澄子さまもいつでも御利用になれますよ」
「え〜っと…『じむ』とか『えすて』って、どんなコトをするのでしょうか?」
 というわけで、早速見学することにした。 ジムにある機材は特に変哲のないものばかりであったが、何故か使っているメイドの一人が「体操着にブルマ」という、いまどき珍しい格好(澄子にいたっては、ブルマを生まれて初めて見た)であった。
 エステでは、マッサージや脱毛などを行っている……のだが、なんだか嬌声が聞こえてくる。
「え〜と……もう言うまでもないかと思いますが、当家専属のエステティシャンも、やはり『女性が好きな女性』でございまして。 はっきり断れば貞操は大丈夫ですけどね」
 琴音の説明も、諦めが入ったような力の抜けようである。
 プールは、一年中泳げるように、屋内温水プールとなっている。 泳いでいるのが5〜6人居るのだが、やはりというか、澄子が見たことのない古そうな型の水着(いわゆる「旧スクール水着」)が1名、白い競泳用水着がプールの水で濡れたために、すっかり肌が透けて裸同然になってしまっているのが1名居た。
「本日はあまり過激な方はいらっしゃらないようですね。 こちらのプールでは、あちらに見えられている方々のほかに、『素っ裸』派とか『胸が丸出しの水着』派なんて方々もいらっしゃいますから」
 屋敷を廻って紹介しているうちに、琴音もだいぶ落ち着いている。
「琴音さんは、どんな水着を着られるのですか?」
「も、もちろん普通の水着です! セパレートも恥ずかしくて……」
 結局赤面はした。


後編へ

SS目次に戻る