風邪引きじいやさん

白雪

 ある日、白雪が亞里亞の家に遊びに行くと、玄関先で亞里亞が泣いていた。
「亞里亞ちゃん、どうしましたですの?」
「くすんくすん……じいやが…お病気なの……」
 事情を訊いてみると、亞里亞付きのメイド(例によって亞里亞は「じいや」と呼ぶ)が、風邪を引いて朝から寝込んでいるらしい。
「それなら、じいやさんの部屋に、お見舞いに行くといいですの」
「でも……じいやの部屋は…入っちゃいけないって……言われてるの……くすん」
「亞里亞ちゃんが一生懸命看病すれば、じいやさんも喜ぶと思いますの」
 白雪の提案すると、亞里亞も納得したようで、二人はじいやの部屋に向かった。

 じいやの部屋は、見渡す限り亞里亞だらけであった。壁には亞里亞の写真や肖像画、棚やベッドの枕元にはじいやの手作りと思しき亞里亞人形が所狭しと並べられていた。亞里亞も白雪も声を出せずに居ると、じいやが眼を覚ました。二人を見かけると、亞里亞だらけの部屋を見られた恥ずかしさと発熱とで顔を赤らめて話しかける。
「亞里亞さま…白雪さまも…何故ここに…? 入ってはいけないと申し上げたはずですが…」
「亞里亞……じいやの看病をしたいの…」
「じいやさん、亞里亞ちゃんに心配掛けちゃいけませんですの」
 そう言われては、じいやも強くは拒否できない。
「…申し訳ありません。この部屋を亞里亞さまに見せるのが……その……恥ずかしくて……」
「亞里亞がいっぱい……亞里亞、この部屋好き〜」
「亞里亞ちゃんは気にしていないみたいですの」
 亞里亞と白雪の言葉に、じいやは安心するが、白雪の「ところで、じいやさんどうして風邪を引いちゃったですの?」という言葉で再び凍りつく。まさか正直に「亞里亞のことを想いながら自分の身体をまさぐるうちに、布団もかけずに全裸で寝てしまった」とは言えない。乾いた笑いで誤魔化すじいや。
「な……何故でございましょうね……まったく見当もつきませんわ、ほほほ…ごほごほ…」

 白雪は、じいやのお見舞い(兼・亞里亞のおやつ)に、手作りのプリンを持ってきていた。「じいやさんには、亞里亞ちゃんが食べさせるですの」と亞里亞にプリン1個とスプーンを渡す。が、亞里亞はプリンを受け取ると、始めの一口を、ほとんど無意識に自分の口の中に運ぶ。
「亞里亞ちゃん、それはじいやさんの分ですの」
「くすん……じいや、ごめんなさい……」
 ミスに気がついた亞里亞は、泣きそうになりながらも、次の一口を掬ってじいやの口元に運ぶ。潤んだ眼で「じいや……あ〜んなの…」と言われ、考えるより先に差し出されたスプーンを咥える。白雪特製のプリンは確かに美味しい。普段自分が奉仕している亞里亞に食べさせてもらっている事に、嬉しさと恥ずかしさが混ざったような気分にしばらく浸っていたが、ふとあることに気付いた。
(このスプーン、さっき亞里亞さまが咥えてた…ということは…亞里亞さまとカンセツ…) 気付いた途端、じいやの顔が真っ赤になる。あとはもう全部食べきるまで上の空であった。

「次は姫が亞里亞ちゃんに食べさせるですの」
 じいやが幸せに浸っていると、そんな声が横から聞こえてきた。気付いて白雪のほうを向くと、何故か白雪が自分の口にプリンを入れている。そして、亞里亞が白雪に顔を向けると、白雪は亞里亞に唇を合わせ、プリンを亞里亞の口内に流し込む。信じられない光景に、今度はじいやの意識が真っ白になる。
「あ、あ、亞里亞さま………何を……」
「この食べ方、亞里亞ちゃんが喜ぶですの」
「白雪姉やのお口……甘くて美味しくて……きもちいいの……」
 姉妹だからと、白雪と亞里亞のおやつタイムに、二人きりにしていたのが誤算だったようだ。以後白雪が来たときは亞里亞の傍を決して離れるまいと誓いながら、じいやの意識は暗転していった。

春歌と鞠絵

 次にじいやが目を覚ましたとき、白雪は既に帰宅し、替わりに春歌と鞠絵が部屋に居た。鞠絵の手には蒸しタオルがあり、春歌はシーツや毛布の替えを用意していた。亞里亞は、うれしそうな表情でじいやを見つめている。
「鞠絵さまに春歌さま……わたくしをお見舞いに?」
「はい。白雪ちゃんが電話で、『じいやさんの意識がなくなったですの』と泣いておりましたので……先ほどまでうなされておいででしたが、何かあったのでしょうか?」
 白雪は、自分が元凶だとは気付いていないらしい。
 真相を話したところでじいや自身が恥ずかしくなるだけだと思い、またも「たぶん熱のせいですわ…」とごまかす。
「じいや…目が覚めたの……よかった……」
「汗を掻いておいでですので、ワタクシ達で身体をお拭きいたしますわ」
 春歌の宣言に対し、何故か鞠絵が顔を赤くする。
「春歌ちゃんが拭くと、とても気持ちが良くなりますの…わたくしも、お風呂に入れないときは、いつも春歌ちゃんに拭いてもらっておりますのよ」
「そんな、鞠絵ちゃんったら……ぽぽぽっ」
 一緒になって春歌も赤面する。いったいどんな拭き方をしているのか、不安になるじいやであった。

「では失礼ながら、寝間着を脱がせていただきますわ…ぽっ」
「脱ぐくらいは自分でできます…それに春歌さま、手付きが怪しゅうございますわ」
「大丈夫ですよじいやさん、わたくし達に任せてください」
「鞠絵さま…脱がすのに、そこに手を置く必然性が感じられないのですが…」
「亞里亞も……手伝うの…」
「そんなところを引っ張ると布地が裂けますわ!」
 大騒ぎの末、何とか汗まみれのじいやのパジャマを脱がせ終わると、三人が蒸しタオルを一枚ずつ持ってじいやの身体を拭きにかかる。が、やはり大騒ぎになるのだった。

 春歌が背中を拭きはじめると、じいやは「きゃっ」と小さな悲鳴を上げる。
「春歌さま、何故左手を胸に…」
「じいやさんの身体を支えるためですわ」
「支えるだけなら…んっ…何故…揉むように指を…あうっ…動かされるのでしょうか?」
「あら? ワタクシとしたことが…ぽぽぽっ」
「あっ! 手を離すドサクサに、先を引っ張らないでください!」
 鞠絵は足を拭く。
「鞠絵さま、タオルのほかに頬を当てておられるのは何故です?」
「すみません、じいやさんの足が綺麗なのでつい…」
「舌を当てるのもやめて下さいまし」
 亞里亞は…
「亞里亞……じいやのここが好き……」
「亞里亞さま、手を動かさないと、『拭く』とは言えませんわ」
「ここも好き……」
「そこはダメです! 亞里亞さまが大人になられてからですわ!」
「では、大人になればよろしいのですね…ぽっ」
「わたししは『亞里亞さまが』と申したはずです」
 やり取りを聞いていた鞠絵が、顔どころか耳まで赤くして呟く。「じいやさん…やっぱり、亞里亞ちゃんのことが…?」

 何とか拭き終わり、寝具は全て春歌が交換し、新しいパジャマを着たじいやが再び横たわる。乾いた布にくるまって寝る心地よさと、危ないところで貞操を守りきった安堵感で、再び眠気がやってくる。
「それでは、ワタクシ達はそろそろお暇いたしますわ」
「じいやさん、お大事に」
「お二人ともわざわざありがとうございます。鞠絵さまこそ、お体に気をつけて」
「わたくしは大丈夫ですわ。今日は外泊の許可をいただいておりますので、春歌ちゃんの家に泊まる予定ですの」
 頬を赤く染めて応える鞠絵に対し、春歌はいつものように「今夜は鞠絵ちゃんと一緒…ぽぽぽっ」と身体をくねらせる。二人を現実の世界に引き戻したのは、亞里亞の「春歌姉や……鞠絵姉や……またね…」という挨拶であった。
「亞里亞ちゃんも、元気でね」「また会いましょうね」
 我に返って、ばつが悪そうに挨拶する二人。部屋を出て、戸を閉めたあと、「夜まで我慢できないかも」だの「ぽぽぽっ」だの聞こえたのは気のせいだったのだろうか。

四葉・鈴凛・衛・花穂

「チェキっ! 部屋中亞里亞ちゃんがいっぱいデス!」
 しばらくして、部屋の扉が開くなりそんな声が響いた。声に続いて四葉・鈴凛・花穂・衛の順番で亞里亞の姉たちが入ってきた。入った途端に転んだ花穂を衛が支えたのは、もはやいつもの光景である。四人がベッドの傍に来ると、花穂が持っていた花束を差し出す。
「じいやさん、これ…花穂と衛ちゃんとで選んだの」
「ただの風邪なのに、わざわざありがとうございます」
 じいやが花穂・衛と挨拶をしている間に、四葉は部屋の中をチェキして回っている。鈴凛は「四葉ちゃん、あんまり人様の部屋をチェキしないの」とたしなめるが、実際に止めようとはしない。というより、チェキしている四葉が可愛くて仕方がない、という目で眺めているだけである。

「本棚はほとんど実用書デスが、少しだけ漫画がありマスね〜」
「あ、ホントだ」
「亞里亞の…漫画……?」
「ほんわかした雰囲気で、花穂は好きだよ」
「へぇ〜…今度ボクも読んでみようかな?」
「じゃあ、花穂が貸してあげる」
 題名を見た瞬間に本をレジに出して購入したのだが、それを話した時の反応が怖かったので、じいやは黙っていた。

「こっちにはギターがありマスね」
「じいやさん、ギター弾くんだ」
 生まれてこの方、ギターなど弾いたことがないのに、見た瞬間、貯金をはたいてこのギターを買ってしまっていた。同僚に散々馬鹿にされたのを思い出し、じいやは頭から布団をかぶってしまった。

「あ、のカタログデス」
「四葉ちゃん、よく見つけるね〜」
 この車種の存在を知った瞬間、購入を検討し始めたのだが、同僚たちの間で、既に「買うか否か」ではなく「何時買うか」が賭けの対象になっていると聞き、購入を断念した。これらの恥ずかしい顛末を思い出したじいやは、とうとう布団をかぶったままで叫んだ。
「四葉さまぁ、もうチェキは勘弁してくださいまし〜〜〜!」

咲耶・千影・可憐・雛子

「それにしても……わたくしの為に、亞里亞さまのご姉妹の皆様が全員いらっしゃるなんて……」
 最後にやってきた咲耶・千影・可憐・雛子の4人に対し、じいやが恐縮していると、咲耶が応える。
「じいやさん、亞里亞ちゃんのお姉様みたいに手を尽くしてくれて…私たちにとっても、お姉様のような方だから、ねっ♪」
 微笑む咲耶の表情が愛らしくて、思わず惚れそうになるじいや。が、ずっと枕元に居る亞里亞が「じいやも…姉やなの?」と微笑むのを見て、思い直す。(ダメよダメよ……初めては亞里亞さまが大人になったときに…!)

「そうだ、じいやさん………風邪を引いたと聞いて……薬を……調合したんだ……良かったら……飲まないかい……?」
 千影が、そう言って小瓶を差し出す。千影の調合する薬は大抵怪しいので、警戒気味に聞き返す。
「千影さま、今度は大丈夫でしょうね?」
「ああ……よく効くよ……以前、花穂くんが……風邪を引いたときに……この薬を……見舞いに来た衛くんに渡して飲ませたんだ…………風邪も治ったし……翌日には……花穂くんと衛くんが……恋人になったよ……」
「千影お姉ちゃん、衛ちゃんと花穂ちゃんのキューピッドですね」
「千影さま、後者の作用は『副作用』とおっしゃるのではないでしょうか?」
「風邪薬の作用でないのは確かだが……最近…どんな薬を調合しても……女性が同性と結ばれる作用がでてしまうんだ……」
「……飲むのは遠慮いたしますわ」
 さらに、咲耶が横から話を混ぜかえす。
「千影ちゃん、私が風邪引いたら、その薬飲ませてね♪」
「ダメだよ……咲耶くんに飲ませたら……私の体力が()たない……」
「ケチ〜〜〜」
 こうして話は脱線してゆく。

「ねぇねぇ亞里亞ちゃん、『結ばれる』ってどういうこと?」
「亞里亞も…判らないの…」
 いきなりとんでもない質問を(しかも亞里亞に)投げつける雛子に、恥ずかしさで顔を真っ赤にした可憐が、横から応える。
「雛子ちゃん、今夜は可憐の家に泊まらない? ……か、可憐が…その…教えてあげる…」
「そうだね……雛子くんも……もう覚えていい歳かも……知れないね…」
「どう考えても早すぎますっ!」
 可憐の爆弾発言に、じいやも動揺しながら、亞里亞を諭そうとする。
「あ、亞里亞さま…今はまだ知らなくてもよろしゅうございますわ……亞里亞さまがもう少し大きくなられましたら、わたくしが身をもってお教えいたしますわ」
「つまり、亞里亞ちゃんが大きくなったら、ヤっちゃう気はあるわけね」
 咲耶にからかわれ、じいやの顔が真っ赤になる。
「あの……わたくしは……そういうつもりじゃ……」
 その後も散々咲耶にからかい倒された挙句、帰り間際に「もたもたしていると、白雪ちゃんに亞里亞ちゃん取られちゃうかもよ」と、とどめの一言が投げつけられる。じいやは「知りませんっ!」と強がるのが精一杯であった。

亞里亞

 風邪を引いたにしては騒がしい一日であったが、夕食後に亞里亞と二人きりになると、落ち着いた気分になる。しばらく話し込むと、眠気がもよおされる。
「わたくしはもう大丈夫ですから、亞里亞さまもご自分のお部屋でお(やす)みなさいませ」
「亞里亞……じいやと一緒に居たいの…」
 亞里亞は名残惜しそうに応えるが、あまり亞里亞に夜更かしさせるわけには行かない。
「わたくしはもう寝むつもりですので、亞里亞さまにはつまらなくなりますわ。それに、お風邪を召されたりしたら、どうなさるおつもりですか?」
「いいの……じいやのお顔、観ていたいの……」
 目を潤ませて返され、じいやの抗戦意欲が殺がれるが、それでも一言付け加える。
「眠たくなったら、きちんと着替えて、ベッドに入って眠るのですよ」
「わかったの……おやすみ、じいや…」
 亞里亞のその言葉を聴きながら、じいやは眠りに落ちていった。

 翌朝目が覚めると、じいやの病状はほとんど回復していた。ひょっとすると、もう業務に復帰できるかもしれない。そう思いながら顔を横に向けると、亞里亞の寝顔があった。どうやら眠たくなったときに、じいやのベッドに潜り込んだらしい。見慣れたはずの寝顔であるが、いきなり至近距離に現れた愛らしい寝顔に、どきりとするじいや。(ダメよ、亞里亞さまはまだ小さいのだから…我慢しなきゃ)亞里亞の寝顔を見たときには、いつもそうするように、キスしようとする衝動を抑えてはいるが、それでも無意識のうちにじいやの顔が亞里亞の顔に近づいてしまう。
「……ん……うん……じいやぁ……」
 亞里亞が寝言でじいやを呼ぶ。耐え切れなくなったじいやが亞里亞の頬を両手で包み、さらに顔を近づけると、亞里亞の目が開く。
「……う〜〜〜〜ん……じいや?」
「あ、あ、あ…亞里亞さま……おはようございます……あの、決して…キスをしようとしたわけでは……」
 じいやの顔が恥ずかしさで真っ赤になり、混乱した頭で朝の挨拶を交わす。手を亞里亞の頬から離そうとするが、その手を亞里亞に掴まれる。
「亞里亞さま……?」
「じいやぁ……おはよう…」
 じいやの手を掴んだまま、亞里亞は唇をじいやの唇に触れさせる。瞬間、じいやの頭が真っ白になる。
「……あ……亞里亞さま……何を……?」
「好きな人とは……『ちゅー』が朝の挨拶だって……姉やが教えてくれたの」
 そう説明すると、亞里亞は目を閉じ、口元をじいやに向ける。次の瞬間、じいやは「挨拶」には程遠い激しさで亞里亞と口付けを交わしていた。

「その分では、風邪はもう大丈夫ですわね」
 不意に掛けられた声に振り返ると、女医(亞里亞の家の侍医)が部屋の入り口に立っていた。彼女は、亞里亞のほか、メイドたちの健康管理を担当している。
「あ〜……お医者のじいや……おはよう〜♪」
「あの……これはですね……えと……その……」
 亞里亞が激しい口付けを交わしていたとは思えない太平楽な挨拶を送ったのに対し、じいやは耳まで真っ赤にしてしどろもどろにしている。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、診察を行いますわ。亞里亞さまはお召し替えをしてくださいな」
 熱烈なラブシーンを見たにもかかわらず、女医は平然としてじいやの診察を始める。亞里亞は普段着に着替えるためにじいやのベッドを出て自分の部屋に向かったが、二人の夜着のボタンが外れているのを見逃さなかった。
「あなた、亞里亞さまになにをなさるおつもりでした? まぁ、わたくしてしては、診察のために脱がす手間が省けておりますが」
「あうぅ……」
 無意識のうちにキス以上のことをしようとして、夜着を脱ごうとしていたようである。女医に指摘されて、じいやが打ちひしがれる。
「昨日あれだけ騒いで、これだけ回復なさるのは素晴らしい回復力ですわね…ところで、あまり我慢すると身体に毒ですわ。そもそも風邪の原因もそれでございましょう。キスくらいなら亞里亞さまも喜んでおられますし、よろしいのではないでしょうか?」
 亞里亞との関係を応援する発言に、じいやは慰められたが、それでも女医をジト目で睨みつける。
「そのお言葉はありがたいのですが……診察のドサクサにまぎれて、胸を揉みながらおっしゃられても、説得力がございませんわ」


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