鞠絵が倒れた。
 それだけならば特に問題ではない。例えそこが山奥にある亞里亞の別荘だとしても。亞里亞の家には優秀な医師がいて、現に今回、姉妹で挙行したハイキングにも同行している。機材が不足すれば、亞里亞の本宅や鞠絵の主治医の応援を仰ぐことも可能である。しかし、今回に限り、そのどちらも不可能であった。予想外の動きと発達をした低気圧が別荘地に居座り、強風と豪雨で陸空ともに亞里亞の別荘を孤立させてしまったのだ。如何に優秀な医師でも、鞠絵の病状の悪化を食い止めるのが精一杯であった。

 居間では鞠絵を除く姉妹全員が揃って押し黙っていた。鞠絵のことが心配で何も手につかない様子である。
「チェキーーーーー!!」
 突然、四葉が叫び声を挙げる。
「何でこんなときに嵐が来るデスカ!雨雲どけるデス!嵐よ去れ〜の4.5×10の18乗ジュールデス!」
「ちょ、ちょっと四葉ちゃん、落ち着いて!」
 錯乱した四葉を鈴凛が止めに入るが、暴れ方が激しいので、結局姉妹のほとんどで収拾することになってしまった。但し、千影は、四葉が引き起こした騒ぎにも気づく様子もなく考え込んでいたが、何かを思いついたような表情を見せると、居間を出て行った。
ファイナルフュージョン承認デスーーーー!!」
「四葉ちゃーん!!」
「四葉ちゃん!暴れると危ないですわ!」
「部屋の中で薙刀振り回すほうが危ないよぉ!」
「くすん……じいや…助けて……」
 居間に大騒ぎを残して。

 千影が廊下に出ると、亞里亞付きのメイドが小走りにこちらに向かってきた。亞里亞は彼女のことを「じいや」としか呼ばないので、千影も彼女の本名を知らない。一度直接訊いてみたが、寂しそうな笑顔で「じいやでよろしいですわ」と答えただけである。
「おや…じいやさん……丁度いいところに……」
「千影様、居間が騒がしゅうございますが、何があったのですか?」
「…………そういえば……少し騒がしいような……気がするね……」
「ひょっとして…今までお気づきになられなかったのですか?」
「気が…つかなかったよ…………ところで……この別荘の備品を……少々……お貸し頂けないだろうか……」
 じいやが(亞里亞が泣いている声も聞こえるので当然だが)急いでいる様子なので、必要な備品を手短に確認すると、地下の倉庫に向かった。後ろでじいやの怒鳴り声が聞こえるが、とりあえず気にしないでおく。

*

 地下の倉庫で必要な備品を探し出すと、千影は自室に戻った。晴れていた日に皆でピクニックに行ったとき、道すがら採取した薬草が、千影の部屋に置いてあった。特に目的を持って採取したわけではないので、鞠絵の治療に使えるか定かではなかったが、改めて採取した薬草を確認すると、完全な薬を調合するには材料が足りないので、副作用は出るだろうが、一晩経てば消える程度のものである。効果も、病気が治らないまでも、立って歩ける位に回復させることはできそうであった。

 早速薬の製作に取り掛かる。薬草を磨り潰し、水で溶き、呪文を唱える。呪文を唱えながら、元気になった鞠絵のことを思い浮かべる。鞠絵の笑顔が頭に浮かぶと、千影の身体の奥が熱を帯びる。鏡を見なくても、赤面するのが自分でも判る。全身から汗が吹き出る。なぜか、姉妹を対象に魔力を行使するときだけ、千影の身体が異変をきたす。姉妹以外を対象としたり、対象を限定していない場合には、このようなことはないのだが。鞠絵と抱き合い、愛し合う自分の姿を思い浮かべては頭から振り払いながら、調合を続けた。

 薬が完成した頃には、全身汗だくで、立って歩くこともままならぬほど疲労していた。気力を振り絞って部屋に付属のシャワールームまで行き、熱いシャワーを浴びる。
 (毎度…魔法を使うたびにこうなるとは……私の中に…このような望みがあると言うのだろうか………女同士で……しかも姉妹だというのに………)
 考えていても仕方ないので、新しい服を着て、鞠絵の部屋に向かう。鞠絵の部屋では、春歌が鞠絵の額にタオルを置いていた。春歌は、千影が夕食を摂っていなかったことを心配していたが、特に空腹を感じていないことと、鞠絵のための薬ができたことを千影に告げられると、千影に場所を譲って部屋を出た。

 鞠絵は、春歌と千影の交替に気づく様子もなく、眠り続けている。千影が声をかけて揺すってみても、目を覚ます気配はない。このままでは薬を飲ませることができないので、少し思案する。真っ先に思いついたのは口移しであるが、調合時のことを思い出すと、どうしても躊躇してしまう。しかし、このままでいるわけには行かないし、他の方法も思いつかなかったので、意を決して容器の中の薬をあおる。そして、鞠絵の口を少しあけると、自らの口で塞ぐ。薬を気管に入れないように注意しながら薬を流し込むと、自分の舌を鞠絵の口の中に入れ、鞠絵の舌の感触を味わってから唇を離す。

 どのくらい経っただろうか。千影が、もう一度鞠絵とキスしたい衝動に耐えていると、鞠絵のまぶたが動き、目を覚ました。
「千影…ちゃん…?」
「気が……ついたかい…………?」
 目を開いた鞠絵に、千影の顔がほころぶ。
「ええ…千影ちゃんが…薬を?」
「ああ……気がついて……よかった……気分は…どうだい……?」
「今まで苦しかったのが嘘のようです…ありがとうございます」
「それは……よかった………今夜は……ゆっくりお休み…」
 千影が鞠絵に顔を寄せて囁くと、鞠絵は恥ずかしそうに顔を赤らめ、
「ええ…あの…今夜は……千影ちゃんも……一緒に寝ていただけますか?」
と応える。愛しい妹と今夜一晩共にいられることをうれしさを感じる。
「もちろんだよ…一緒にいよう…………」
 そう言って、千影はその場で服を脱ぎ始める。同衾を誘う鞠絵、それにためらいなく応え、服を脱ぐ自分、驚くでもなく熱のこもった視線で千影の裸体を見つめる鞠絵。千影の中で、理性が警告を発しているが、鞠絵の笑顔を見ると、警告も千影に届かなくなる。着ていた服をすべて脱ぎ終わると、鞠絵のベッドにもぐりこむ。鞠絵の華奢な身体に腕を回すと、どちらからともなくお互いの唇を重ねる。鞠絵の寝間着に手をかけると、二人を隔てる最後の布を取り外しにかかった。

*

 周囲が明るくなったような感じがして、千影は自分に意識が戻ったのを感じた。もう朝が来たのかと目を開ける直前、再び暗くなったかと思うと千影の唇にやわらかいものが触れる。触れたものを確かめようとして目を開けると、再び周囲が明るくなり、鞠絵の顔が目に入る。
「おはようございます、千影ちゃん」
「おはよう……鞠絵くん………」
 鞠絵の姿を認めて、意識と記憶がはっきりしてくる。昨夜したことを思い出し、千影の頬が赤くなる。その一方で、原因も思い出す。薬を口移しで飲ませたため、鞠絵のみならず、千影自身も「材料が足りないための副作用」の影響で、お互いの身体を強く求め合うようになってしまった。さらに、千影の場合、調合中に浮かんだ想像の影響も考えられる。
「すまない……鞠絵くん………実は…昨夜の…薬には……」
 すべて言い終わらないうちに、鞠絵の指が千影の口を押さえる。
「私は…ゆうべ千影ちゃんと一緒にいられて嬉しかったですわ。千影ちゃん…姉上様は、ゆうべの事…後悔なさっているのですか?」
 鞠絵に「姉上様」と呼ばれたのが嬉しくて、千影は鞠絵に笑顔を向ける。
「いや……昨夜の事で…鞠絵くんを……傷つけていないか……心配だったんだ……」
「大丈夫ですわ…姉上様となら、何度でも…」

*

「こんなに回復するなんて…これは奇跡だわ!」
 鞠絵を診察した女医(元々は、亞里亞の家の侍医)が叫ぶ。彼女は、いつの間にか回復した鞠絵に驚いているようだ。ベッド脇の椅子に腰掛けた千影がその様を眺めていると、横に咲耶がやってくる。
「夕食を抜いてまで作った薬が効いたようね。朝ごはんは一緒に食べるでしょ?」
「ちょっと……咲耶くん……待って…くれ…!」
 咲耶に腕を引っ張られて、千影は席を立とうとするが、あえなくその場に転倒してしまう。
「どうしたのよ…そんなにお腹がすいてるの?」
「いや……鞠絵くんを元気にしようとして……薬を飲ませたのだが…元気になりすぎたようだ……私はしばらく立てない……」
「それってひょっとして…千影ちゃん、鞠絵ちゃんと…?」
 赤面する二人に向かって、鞠絵が微笑んでいた。


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